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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7040号 判決 1957年3月18日

原告(反訴被告) 徐相栄

被告(反訴原告) 長崎県学校給食会

主文

原告の請求を棄却する。

東京税関において保管している輸入乾燥脱脂ミルク五万ポンド(二五〇ポンド入ドラム罐二〇〇個)が反訴原告の所有であることを確認する。

訴訟費用は、本訴反訴共原告(反訴被告)の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告に対し、「主文第二項に掲げる物件が原告の所有であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立て、その請求の原因として、「原告は、昭和三〇年一二月二一日被告からその所有にかかる輸入乾燥脱脂ミルク五万ポンド(二五〇ポンド入ドラム罐二〇〇個)を買い受け、いちどは、これを訴外本多正一に転売したが、さらに、昭和三一年一月一九日同人から買い戻した。ところが、右乾燥脱脂ミルクは、同月二〇日関税法違反の容疑物件として、東京税関に差し押えられたが、取調の結果立件するに至らず、その所有者に還付されることになつたところ、被告においてその所有権を主張して原告と争うので、東京税関の保管に委ねられたまま今日に及んでいる。」と述べ、被告の主張に対し、「右乾燥脱脂ミルクが学校給食用物資として輸入されたものであることは認めるが、その余の被告主張事実は争う。原告は、右乾燥脱脂ミルクを不良品として一ポンドにつき三五円で買い受けた。」と述べた。

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、「原告主張事実はすべて認める。もともと右乾燥脱脂ミルクは、学校給食用物資として、関税定率法の免税措置を受け、その本来の用途以外にいわゆる横流しをすることのできないものである。しかるに、原告は、かねてから給食用乾燥脱脂ミルクの全国的規模の横流しに狂奔し、暴利を貪つているブローカーで、その手を長崎県にものばし、被告給食会の職員中村新作にわたりをつけていたが、本件乾燥脱脂ミルクの売買取引をとげるや、あたかも長崎県下の学校あてに引き渡すかのように装うて、被告の保管先である日本通運株式会社長崎支店倉庫内から搬出したうえ、変名をつかい、ひそかに鉄道便で広島駅に送り、さらに新たな変名で同駅から東京に輸送し、大和運輸倉庫と称する架空の寄託者名義で日本通運株式会社汐留倉庫に預けて、転売をはかつていたのである。ともかく、本件乾燥脱脂ミルクは、横流しに供してはならない学校給食用物資であつて、これに関する学校給食法や関税定率法の諸規定の趣旨にてらして、原被告間の本件売買は、いわゆる公序良俗に反する無効のものというべきである。かりに、右売買が有効であるとしても、被告は、昭和三一年一月一九日再売買により原告からこれを買い戻したのであるから、本件乾燥脱脂ミルクが被告の所有にぞくすることにかわりはない。」と述べた。

反訴原告訴訟代理人は、主文第二項及び第三項同旨の判決を求めその請求原因並びに反訴被告の主張は、本訴におけるそれぞれの主張と同一であるから、ここに引用する。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証及び第五号証を提出し、証人中村新作及び本多正一の証言並びに原告の本人訊問の結果を援用し、乙第一号証、第四号証、第五号証の一、二及び第一五号証の一の成立を認め、同第二号証及び第六号証の原本の存在及び成立を認め、その余の同号証の成立につき不知をもつて答え、被告訴訟代理人は、乙第一号証から第四号証まで、第五号証の一、二、第六号証から第八号証まで、第九号証の一から三まで、第一〇号証、第一一号証の一から三まで、第一二号証及び第一三号証の各一、二、第一四号証、第一五号証の一、二及び第一六号証を提出し、証人中村新作の証言を援用し、甲第三号証の一、二の成立を認め、その余の同号証の成立は不知と述べた。

理由

まず、本訴について判断する。

原告が昭和三〇年一二月二一日被告からその所有にかかる本件乾燥脱脂ミルクを買い受けたことは当事者間に争がなく、証人中村新作の証言並びに原告の本人訊問の結果によれば、被告給食会の職員中村新作は、本件乾燥説脂ミルクが、長崎県教育委員会の文部省に対する乾燥脱脂ミルク需要量申請に基づいて、長崎県下の学校の給食用として、日本学校給食会から被告給食会に供給されているのに、被告給食会のいわば不正予算の財源にあてることなどのために、市井のブローカーである原告にこれを売り渡すことにたずさわり、本件乾燥脱脂ミルクを学校給食用物資本来の需給経路からはずして一般市場に流出させる(いわゆる横流し)に至つた事実を認めることができる。そうして、本件乾燥脱脂ミルクが学校給食用物資として輸入されたものであることは、原告の自認するところであり、ほかに反対の証拠もないのであるから、右横流しは、原被告相通じて行つたものとみなければならない。また、原告は、本人供述のなかで、本件乾燥脱脂ミルクが不良品として払い下げられたかのようにもいつているけれども、この供述は、証人中村の証言にてらしてにわかに信用しがたい。

ところで、学校給食法(昭和二九年法律一六〇号)は、学校給食が児童の心身の健全な発達に資し、かつ、国民の食生活の改善に寄与するものであることにかんがみ、この制度を確立して、その普及充実を図ることを目的とし(同法一条)、学校給食のもつ教育的価値が学校における教育計画全体のなかで正しく認識されるように、学校給食の教育目標を抽出する(同法二条)とともに、学校給食の普及と健全な発達を図るために、国及び地方公共団体が積極的に努力すべきこと(同法五条)などを指向している。また、日本学校給食会法(昭和三〇年法律一四八号)によると、日本学校給食会が、学校給食用物資を学校給食用として売り渡す場合における売渡価格は、学校給食用物資の買入れ、輸送、保管、加工、売渡し等に要する経費の適正な原価を償うものであり、かつ、営利の目的の介入がないものでなければならない(同法一九条)ことになつている。さらに、学校給食用乾燥脱脂ミルクで、輸入されるものについては、政令の定めるところにより、その関税が免除され、かつ、このように関税の免除を受けた乾燥脱脂ミルクは、学校給食用以外の用途に供し、又は学校給食用以外の用途に供するため譲渡し、もしくは譲り受けてはならない(関税定率法の一部を改正する法律=昭和二九年法律四二号附則八項、九項、一一項参照)など。まことに、学校給食の普及、充実、発達を図ることの重要性は大きいといわなければならない。

このようにみてくると、本件乾燥脱脂ミルク(たゞし、輸入にさいし免税措置がとられたかどうかは、必ずしも明らかでない。)の横流しは、学校給食制度の趣旨にそむき、その機能を阻害するものとして、社会的非難に値することがらである。すなわち、原被告間の本件売買は、いわゆる公序良俗に反する事項を目的とする法律行為として無効である、と解するのが相当である。

そうすると、原告は、右売買によつて本件乾燥脱脂ミルクの所有権を取得するによしないものというべく、したがつて、右売買後原告と訴外本多正一との間において本件乾燥脱脂ミルクの売買、ついで再売買が行われた(このことは当事者間に争がない。)けれどもさらに格別の主張立証がない限り、何ら権利変動は生じなかつたとみるのほかない。

原告の本訴請求は理由がないから棄却すべきである。

ついで、反訴につき判断するに、すでに説示したところにより、本件乾燥脱脂ミルクが反訴原告の所有に属することもまたおのずから明らかにされたわけであるから、反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、正当として認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、本訴反訴共原告(反訴被告)の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎)

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